裸足のランナーアベベは、東京オリンピックでも裸足で走ったの?どんな生涯を送った?

「いだてんの昭和パートで、アベベの噺がよく出てくるね」

「裸足のランナーアベベは、東京オリンピックでも裸足で走ったの?」

日本テレビの日本人が好きな偉人100人に選ばれている人気者のアベベ。

さすがに、1964年の東京オリンピックをリアルタイムで見られて、覚えている人はもう60代になっているので知らないことも多いですよね!

今回は、マラソンランナーアベベのオリンピックでの成績とエピソード、その生涯についてご紹介します。

裸足のランナーアベベは、東京オリンピックでも裸足で走ったの?

結論としては、アベベが裸足で走ったマラソン、は1960年のローマオリンピックになります。

アベベはアフリカのエチオピア出身のマラソン選手です。

1960年、ローマオリンピックの陸上強化選手に選ばれました。

ここでスウェーデン出身のリスカネンというコーチに指導を受けました。

リスカネンは、クロスカントリーやインターバルトレーニングを取り入れた科学的な練習を施しました。

ローマオリンピックでは偶然に靴が壊れたため、また現地で靴を顔にも自分に合う靴がなかったということで裸足で走ることになったそうです。

元々子どもの頃から裸足で野山を駆け巡っていたこともあり、裸足で走ることに慣れていました。

当初は最後尾につけていましたが、15キロを過ぎて先頭集団に入り30キロでトップに入れるとそれを譲ることなく、当時の世界最高記録となる2時間15分16秒2で優勝、金メダリストになりました。

アベベは無名の選手だったため、報道陣からもあれは誰だと言われるほどでした。

エチオピアの国土が標高2000メートル地帯にあるため、そこでトレーニングを積んだことで心肺機能が高められたという見解もあり、高地トレーニングが導入されるきっかけとなりました。

アベベはまた、1964年の東京オリンピックでも競技の6週間前に盲腸の手術を受けたというハンデがありながらも、なんと…またもや世界記録2時間12分11秒2の世界最高記録で再び金メダルを獲得しました。

近代オリンピック史上、マラソンの種目で2連覇はアベベが初めてだったそうです。

東京オリンピックでは、

「日本の道路はガラス片などが落ちていて危ない」

というアシックスの鬼塚から靴を贈られ靴で走っていたそうですが、オリンピックにはスポンサーという概念がなく、本番ではプーマの靴を履いて走ったそうです。

エチオピア出身のアベベは、どんな生涯を送ったの?

アベベは1932年8月7日生まれです。

アベベ自身は、家は貧しい小作農で小学校には1年通っただけで早くから家の手伝いをしていました。

19歳の時、国連軍として朝鮮戦争に参加するため釜山まで派遣されるが、程なく休戦となり帰国しました。

1960年ローマオリンピックで優勝し、金メダルを取った時は28歳でした。

東京オリンピックで参加したのは32歳ということで、20代後半から30代前半でもマラソンで好成績を収めていたことが分かります。

東京オリンピックの好成績により貸与された自動車で、1969年に自動車運転中に事故を起こしてしまい、下半身不随となってしまいます。

1972年のミュンヘンオリンピックでは金メダリストのひとりとして招待を受け、車椅子の姿とゲスト出演しています。

ミュンヘンオリンピック1年後の1973年10月25日に脳出血により病死しました。

41歳でした。

まとめ

ツイッターのいだてんハッシュタグでも、アベベについて熱く語っている人がいますね!

アベベの生涯は短く、しかし世界中の人に大きな感動を与え、ランナーに影響を与えた偉人だということがわかりました。

いだてんのオープニングでも毎週見ることのできるアベベ選手。

今後のいだてんの展開でも、折に触れて紹介されていくことでしょう。

では、楽しいランニングライフを!