「富久」浅草と日本橋どっちから芝へ向かったの?走る距離はそれぞれ何キロ?

「落後の演目「富久」は、浅草と日本橋どっちから芝へ向かったの?走る距離はそれぞれ何キロ?」

いだてん第6話では、円喬師匠を乗せた古今亭志ん生こと美濃部孝蔵が浅草の町から日本橋を往復しながら、富久の話を体で覚えこんでいくというエピソードが披露されていました。

東京マラソンのコースにもなっている、浅草から芝、または日本橋までの道のりは実際どのくらいの距離だったのでしょうか?

富久で走ったのは浅草?日本橋?2つの説があるらしい

富久のあらすじは以下のようなものです。

初代三遊亭圓朝の作である冨九は、富くじと火事という二つの東京名物を大きく取り上げた話であります。

ある年の暮れ、浅草安倍川町の長屋に住む久蔵は酒の上での失敗で東京中の顧客をしくじり仕事を失ってしまっています。

そんな中、大家が一枚の富くじの札を持ってやってきます。

富くじの1等に当たれば1000両、2番でも500両になると誘います。

その気になった久蔵はなけなしの1分で、その札を買い、神棚に供えました。

その日の夜、日本橋辺りから火事が出て半鐘の鐘が街に鳴り響きます。

長屋の住人は、確か久蔵がしくじった旦那があの辺じゃないか、見舞いに行けばそのしくじりを取り消してもらえるかもしれないと気を利かせて眠っていた久蔵を起こします。

話を聞いた久蔵は、喜んで長屋を駆け出します。

久蔵が商店に駆けつけると、彼の期待通り、主人は喜んでお店への出入りを許しました。

またもや、火事の鐘が鳴るので出てみると、久蔵の自宅あたりが火事で燃えているようです。

久蔵が戻ると、住まいは跡形もなく灰になっていました。

富くじの抽選会で自分が持っていたくじが1000両の当たりくじだと聞き、残念がる久蔵。

しかし近所の顔なじみが久蔵の大事だと思われる荷物を取り出していてくれました。

なんと、富くじのあたり札も持ち出してくれていたのです。

「これも大神宮様のおかげです。これで方々にお払いが出来ます」

と、借金の支払いと、神棚の札を交換する、「お払い」をかけたオチとなっています。

この噺の中で、久蔵の長屋が浅草にあって、商店が日本話にすると演じるか、久蔵の長屋が日本橋で商店が芝とする演じ方が大半です。

五代目の志ん生は、久蔵の長屋が浅草、商店が芝とする常識やぶりの距離を設定するというナンセンスな演出方法を取っています。

実際に走る距離は日本橋から芝、浅草から芝はどのくらい違うの?

実際に走った距離はこの位違います。

Googleマップで調べてみました。

芝の場所は定かではないので、芝公園を設定しています。

日本橋から芝公園は大体3.5キロ程です。

しかし浅草から芝までは、その倍の約8キロとなっています。

 

距離としてはほとんど倍なので、駆けつけるならば男性が1キロ6分で走った場合、日本橋から芝までは大体20分ほどでたどり着けます。

浅草から芝まで走った場合は約50分程かかることになってしまいます。

仕事を請け負うことなどを考えると、距離としては浅草から日本橋または日本橋から芝が妥当と考えられます。

美濃部孝蔵が車を引いて走る距離としては、約4キロというのはほどほどの距離だったのではないでしょうか。

走って体で覚えるならば、毎日片道4キロ走る、その間に富久を覚えるのは難しくなかったに違いありません。

まとめ

富久という演目自体が、酒で何もかもを失ってしまった若き日の古今亭志ん生の人生と重なる部分があります。

ビートたけしのパートになってもお酒を飲んでしまい練習のろれつが回らなくなってしまうというエピソードもありました。

お酒はなかなかほどほどにした方が良いでしょう。

オリンピックやマラソン、落語など当時の社会的な背景や演目のネタの内容がわかると、より1層、今年の大河ドラマが楽しめます!

これからどのような面目が紹介されていくのか落語といった面からも目が離せませんね。

では、楽しいランニングライフを!