いだてん第17話あらすじとネタバレと結末・感想!オリンピックが無くなった四三が取った次の手は?

(Wikipediaより)

「オリンピックへの希望をなくした金栗四三はこれからどうなっちゃうの?」

「オリンピックが開催されない間、日本でできることはあったの?」

せっかく、ストックホルムオリンピックのリベンジができると思って走り続けてきた金栗四三に悲しいお知らせが届いてしまいました。

妻も熊本において、東京でひたすら走り続けてきたのに…!

これから、金栗四三はどうなっちゃうんでしょうか??

今回の記事では、オリンピックという希望をなくした金栗四三が次に取り組んだ策についてご紹介しますね。

いだてんのネタバレとあらすじ・第16話はこちら↓

>>いだてん第16話あらすじとネタバレと結末・感想!次回のオリンピックに四三は参加できるの?

いだてん第17話あらすじとネタバレ!ベルリンオリンピックの中止を聞かされた四三は?

ベルリンオリンピックの中止を、四三は治五郎から知らされた。

東京高等師範学校の校長室で、欧州戦争の長期化により無期延期になったと聞かされると、四三は言葉を無くし、それ以降下宿に閉じこもってしまった。

徳三宝が四三の部屋に体当たりし、すかさず清さんが部屋に入り込むと、四三はただ虚空を見つめていた。

「元気出せよ韋駄天!気晴らしに走ろうぜ」

「オリンピックがなくなったのに、俺は走るとですか」

それでも清さんは四三を表に連れ出そうする。

2人が揉めていると、四三に突然桶の水を引っ掛ける人がいた。

「この人は、水をぶっかけると大人しくなりますけん」

新聞でオリンピックの中止を知って、上京してきたスヤだった。

四三はスヤに苦しい胸の内を語った。

「きつい練習をした夜は、スヤさんの夢ばっかり見ました。起きて走って、寝て走って…あと5年の辛抱と言い聞かせてきましたが、本当に悔しか」

だからと言って熊本に帰る気にもなれない。

スヤは、辛作に自転車を借り、四三は足袋を履いて表に出た。

息を弾ませて走る四三にスヤが伴走し、2人は走り続けた。

この日、スヤは四三の部屋に泊まった。

「この前は追い返してすまなかった。これからは時々会いに来ていや来てくれ、もう帰れとは言わない」

その言葉にスヤは安堵すると、四三はこう続けた。

「ばってん、先のことも考えんといかんなぁ」

夫婦の話かと思ったが、四三が心配しているのは日本マラソン界の未来だった。

自分が走れなくなったら誰が後を引き継ぐのか。

全国にいる韋駄天の卵を1人ずつ見つけて指導するのは至難の業だ。

熱弁する四三に、スヤが呆れて言った。

「金栗四三が50人いたらよかったのにね」

いだてん第17話あらすじとネタバレ!優秀なランナーを育てる決意をした四三!

四三は東京高師に治五郎を訪ね、指導者になるために教職につくと伝えた。

「なーし、そぎゃん考えに至ったと言いますと…」

四三は、昨日のスヤの言葉からあることを思いついていた。

「俺がもし50人いたら50倍の距離を走れる。1人10キロ走れば500キロです。東京から大阪1人じゃ無理だけど50人がいたら走れる」

「なるほど。喜びも50人分だ」

マラソンで40kmの距離を走るのは辛く孤独だ、しかし団体競技と考えてみてはどうか。

仲間がいれば、東京から大阪までも走ることができる。

それを想像しただけで四三も治五郎も体が熱くなった。

「いつの日か東京から大阪まで走破するために、その50人を育てるために俺は教員になります!」

こうして四三はオリンピックに変わる、新たな目標を見つけた。

大正5年、四三は神奈川師範の教員となる。

学校で地理を教える傍ら、辛作と二人三脚で練習法や足袋の改良に励む日々が始まった。

シマは東京女高師の生徒となり、ミルクホールの仕事も続けていた。

四三とともにミルクホールを訪れた治五郎は、女子体育の振興は国を挙げて取り組むべきだとシマを励ます。

四三と治五郎はこの日、東京から大阪の間のレースの話をしていた。

すると、そばの客が声をかけてきた。

「京都じゃダメですか?」

そう尋ねたのは大村という読売新聞の記者だった。

他の記者とともに、四三たちの話に耳をそばだてていたのだ。

ちょうどこの時読売新聞では、京都から東京への遷都50周年の協賛行事として画期的な運動会を行なおうとしていた。

いだてん第17話あらすじとネタバレと結末!日本初の駅伝が四三と治五郎の提案で開かれた!

これからその運動会の打ち合わせということで、治五郎も一緒に行くと言い出した。

待ち合わせ場所の凌雲閣の展望台では、天狗倶楽部のヤジ将軍こと、吉岡信孝がいた。

ご意見番とは、吉岡のことだったのだ。

眼下の景色を眺めながら土岐は、東海道五十三次を辿るレースはどうかと提案した。

四三も吉岡も、壮大なアイデアに興奮した。

「いつかあそこで競技場を作り、日本が東京でオリンピックを開きたい」

その広大な土地には明治天皇を祭る明治神宮を建設中なのだと土岐に教えられ、治五郎は驚くが、それでも競技場を作ろうという決意は揺らがなかった。

吉岡、土岐、大村の会話で、四三は東海道五十三次レースの説明した。

「全体を23区間に分け、関東、関西、中部23人のランナーで516キロ走り継ぐレースです」

読売新聞も主催ならばということで話はまとまり、画期的なレースにはふさわしい名前をつけようとなった。

「駅伝はどうだろう」

武田が提案した。

東海道53の宿場、つまり駅を伝って走るから駅伝というわけだ。

この案にみな賛成した。

シマは東海道五十三次駅伝競走の開催を知らせる新聞記事を読み、女子も参加できないだろうかと考えた。

そして四三のすすめでトクヨに相談してみたところ、激しく叱責されてしまう。

それを聞いて絡むのがマラソンの魅力が世間に伝わってないことに憤る。

すると、吉岡がマラソンの指南本の執筆をすすめた。

治五郎も賛同し四三はこの年、「ランニング」という本を出版した。

大正6年4月27日、東海道五十三次駅伝が開幕した。

午後2時、京都三条大橋に号砲が轟き、関東軍、中部軍のトップランナーがスタートした。

関西軍は残念ながら選手が集まらず、直前に出場をキャンセルした。

関東軍の13区の選手がアキレス腱を切って棄権、14区の選手が2区分を走るというアクシデントはあったが、選手たちは懸命に助けを繋いでいた。

バトンを握って競技を走るのは辛いので、代わりにタスキを使うとアイデアは、スヤがたすき掛けで掃除をする姿から四三が思いついたものだった。

関東軍の最終走者が四三だ。

レース開始からおよそ44時間後の29日、午前10時15分、四三は川崎を出発した。

四三がゴールの日本橋につく頃には、市電の線路を塞ぐほどの大観衆が応援に集まっていた。

多くの人々が、四三とともに走り、

「駅伝!」

の掛け声が飛んだ。

スヤも観衆の中から必死に呼びかけた。

結果、関東軍の圧勝。

日本初の駅伝は大成功で幕を閉じた。

その後、熊本に戻ってスヤが妊娠してることが分かり、幾江が大喜びで四三家に知らせにやってきた。

「子どもが授かったら、さすがのマラソンバカも帰ってくるばい、これで池部家は安泰じゃ!」

いだてん17話の結末は、なんとスヤが妊娠して幾江が大喜びして金栗家に駆け込むシーンでした。

いだてん原作とあらすじとネタバレ第17話・まとめと感想

いだてん第17話あらすじとネタバレと結末・感想!オリンピックが無くなった四三が取った次の手は?をお送りしました。

金栗四三は「日本マラソンの父」と言われており、選手育成のために箱根駅伝を作った人としても有名です。

現在でも、箱根駅伝は日本のお正月の風物詩ですし、箱根駅伝からフルマラソンのランナーを目指して多くの学生が頑張っています。

子どもを授かったスヤに対して、四三は寄り添うことができるのでしょうか?

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では、楽しいランニングライフを!