いだてん第一話で話題のパリピ軍団天狗倶楽部がウザい!明治時代に本当に実在したの?

Wikipediaより)

「いだてんで話題のパリピ天狗倶楽部がウザい!」

「天狗倶楽部は明治時代に本当に実在したの?」

歌舞伎俳優の中村勘九郎さんと俳優の阿部サダヲさんがダブル主演するNHK大河ドラマ「いだてん~東京オリムピック噺(ばなし)~」の第一回、ご覧になりましたか?

東京オリンピックを招致する冒頭から、役所広司が演ずる嘉納治五郎が日本初のオリンピックに選手を送り込むための予選会までをダイジェストにしてまとめていました。

放映中、リアルタイムでツイッターをつぶやいている人の間で話題をさらったのが「天狗倶楽部」です。

明治時代にあんなに暑苦しいパリピが存在したの!?

大河ドラマは、いわゆる「史実をもとにしたフィクション」ではありますが…

明治といえば「大日本帝国」「家父長制」「日進日露戦争」など、私達が普段目にしている当時の白黒映像ではどうも暗い雰囲気が拭えません。

今回の記事では、天狗倶楽部がウザい印象を与えた理由、そして天狗倶楽部は本当に実在したのか?この2点についてお知らせします。

いだてんで話題のパリピ天狗倶楽部、なぜウザい?

いだてんの番組内では、ストックホルム大会参加を目指す柔道の創始者で東京師範学校の好調である嘉納治五郎(役所広司)が千駄ヶ谷にある横浜正金銀行副頭取・三島弥太郎(小澤征悦)邸を訪れました。

そこで、早稲田大学総長・大隈重信(平泉成)に大会参加を実現するため援助をお願いします。

そんな場に、ボールとともに乱入してきたのが天狗倶楽部の三島弥彦(生田斗真)。

嘉納治五郎がいると気がついた押川春浪(武井壮)が「嘉納治五郎じゃん。背負投げ、かけてくれよ」と声をかけます。

天狗倶楽部の自己紹介は、サンシャイン池崎の長い自己紹介、

「我こそは〜!笑いを愛し!笑いに愛された男ォォ〜〜〜!」

と似てましたね〜。

ツイッター上には、

天狗倶楽部、うざい(笑)。チャラくてウザくて、サンシャイン池崎風味。でもエリート(笑)」

「天狗倶楽部のノリはどう考えてもサンシャイン池崎やで」

などの声もありました。

三島弥彦は、

「われらはスポーツを愛し、スポーツに愛され、ただ純粋にスポーツを楽しむために活動する元気の権化、T・N・G!」

と叫んでいました。

天狗倶楽部のメンバーが上半身裸になり「T・N・G!」とポーズを決め、連呼。

日体大のエッサッサかと思いました…。

天狗倶楽部は明治時代に本当に実在したの?

天狗倶楽部は明治時代に、実際に実在したスポーツの社交団体です。

天狗倶楽部は1909年(明治42年)に野球好きであった、冒険小説家である押川春浪を中心に文芸評論家、劇作家、新聞記者、早稲田大学応援団初代団長、新聞記者、ジャーナリスト、早稲田大学野球部などのメンバーが集まり、野球の試合が行われたのがこの天狗倶楽部の始まりです。

天狗倶楽部の中心人物は冒険小説可能、押川春浪です。

各種競技に精通する一方、人気雑誌「冒険世界」などで主筆を務め“日本SF小説の祖”と称される一面も。

当時の若者への人気は夏目漱石に並ぶほどだったそうです。

まだ明治時代に「スポーツ」という固有名詞が日常で使われていなかった時代、特に野球と相撲の振興に努めています。

後に、野球殿堂入りする人物を5名輩出しています。

メンバーはどんどん増えていき、最大で約100人のメンバーが参加していたといいます。

活動していたスポーツの種類は、野球、相撲、テニスや柔道、陸上競技やボート競技など多岐に渡りました。

天狗倶楽部で行われた活動を後の宴会の様子なども含めて、面白おかしく雑誌や新聞の記事として描かれることもありました。

確かに、分筆家や新聞記者がメンバーにいたなら、そんな記事を書くのもお茶の子さいさいです。

天狗倶楽部の活動記録は、雑誌や新聞を通して大衆にも知られるようになっていたのですね。

1914年に押川が38歳で病死してから活動はやや弱まり、更に中心メンバーの死去が続いたこともあって、1930年の昭和初期には天狗倶楽部は自然に消滅していきました。

天狗倶楽部のエールは

「テング、テング、テンテング、テテンノグー。 奮え、奮え、天狗!」

です。

この天狗倶楽部のエールを元に、今の応援で一般的な、「フレーフレー」という声かけが作られていったと言います。

いだてん第1話でも紹介されていた通り、羽田での運動場でオリンピック予選が行われた際に三島弥彦は審判として出場するはずが、なんと100メートル、400メートル800メートルの部でたまたま参加して優勝、オリンピックの代表選手となります。

まとめ

いだてん第1話で出てきた天狗倶楽部、今後ますます出演時の活躍が期待されますね!

高学歴で健康な恵まれたメンバーのみが入れたようですが、そのため経済的に苦労することなく様々なスポーツの道具を準備してすぐに練習に取り掛かれたに違いありません。

運動は健康な軍隊を作るためにあると言われていた時代に、このようにスポーツを楽しむためにあると自然と天狗倶楽部が作られていったというのは当時の評価に値するのではないでしょうか。

今一度、オリンピックが何のために開催されるのか考えたいですね。

「平和だからオリンピックが開催できる、でもオリンピックをすれば平和になる訳ではない」

という、作中の言葉を胸に刻みながら今後も楽しんで視聴したいと思います

では、楽しいランニングライフを!